第2週目の半ばに入った会議は、予定されたスケジュールを前倒しにして進んでいる。時系列では前後するが、ここでは第1週目に行われた核軍縮をめぐるクラスター(問題群)1と、消極的安全保証(NSA)に関するクラスター1の下部機関(subsidiary body)の議論を振り返り、いくつかの論点を整理してみたい。
NPT第6条の核軍縮義務や過去の再検討会議における合意を履行していないとして核兵器国を強く非難する非核兵器国と、悪化する国際安全保障環境などを理由に自国の立場を正当化する核兵器国――。この両者の根深い対立構造は基本的に変わらないが、ロシアによるウクライナ軍事侵攻と大国間に生じたさらなる亀裂、高まる核使用リスクという未曽有の事態を前に、従来の議論には若干の変化が生まれている。
核リスク低減と透明性・説明責任
核軍縮について異なる立場をとる国々の発言の多くに共通していたのが、核リスクの低減に向けた具体策を求める声であった。なかでも、核兵器国に対する透明性(transparency)と説明責任(accountability)の要求はかつてないほどの高まりを見せている。
本ブログで既報の通り、準備委員会に先立って5日間の「再検討プロセスの強化に関する作業部会」が開催されたが、目指されていた準備委員会への勧告には合意できず、議長責任による議論のまとめが作業文書の形で公式記録に残された。詳細な経緯は明らかでないが、各国の発言からは、透明性と説明責任の問題をめぐり、ロシアと中国を含む一部の国が合意をブロックしたことが示唆されている。
IAEA保障措置下の報告義務を持つ非核兵器国と異なり、5つの核兵器国については核軍縮義務の履行状況に関する報告などの仕組みが存在していない。そのため、保有核兵器や運搬手段の数や種類、核ドクトリンや政策、核分裂物質の保有量、リスク削減・核軍縮に関して実行した措置などの情報を提供して核兵器国が透明性向上を図ることは、各国間の信頼を醸成し、核軍縮を前進させる不可欠な基盤として重要視されてきた。日本やオーストラリアが主導する非核兵器国のグループ「軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)」は特にこの問題に力を入れており、これらの働きかけで、2010年再検討会議最終文書の行動計画には、核兵器国に「報告の標準様式について可能な限り早期に合意」(行動21)するよう求める内容が盛り込まれた。
今回の準備委員会では、核兵器国への報告の要求に留まらず、そうした報告に関する、非核兵器国や市民社会を含めた双方向的な対話の場をNPT再検討サイクルの中に設けることも議論された。
なお、核リスクの低減をめぐっては、いくつもの国が、議論の進展を歓迎しつつ、それが核軍縮を代替するものではなく、あくまで中間的措置であると釘を刺していたことを付記したい。たとえば、透明性向上に関する作業文書をニュージーランド、スイスとともに提出したアイルランドは「(核リスク削減は)核兵器の無期限保有を正当化するものではない」、ブラジルは、「第6条遵守のデモンストレーションとして使われてはならない。いわば緩和ケアの一つであって、基礎疾患を治すのに適した治療法ではない」といった声を上げている。
消極的安全保証(NSA)
NSAとは、核兵器国が非核兵器国に対し核兵器の使用も、使用の威嚇も行わないと約束することを指す。ロシアによってウクライナの安全を保証した1994年のブダペスト覚書が破られ、核兵器使用がちらつかされる現状において、NSAをめぐる議論は新たな局面を迎えていると言えよう。
「最近の出来事により、NSAの有効性に疑念の長い影が投げかけられている。今こそ、迅速かつ断固とした態度で対応し…NSAの可能性を完全に復活させる機会を掴むべきだ」と述べたブラジルをはじめ、いくつも非核兵器国からは、この現状をNSA強化の好機ととらえようとの積極姿勢が見られた。非同盟諸国(NAM)は、国際条約の形を含め、「いかなる場合においても、効果的、普遍的、無条件かつ非差別的で、取り消し不能な、法的拘束力を有するNSA」を求める姿勢をあらためて強く打ち出した。
しかし核兵器国の姿勢は従前のままであった。米国は不拡散義務を遵守している非核兵器国にNSAを供与しているとし、また、法的拘束力のあるNSAについてはロシアともども非核兵器地帯の議定書を通じて供与していると繰り返すのみで、溝は深まらなかった。
核兵器禁止条約(TPNW)
TPNWを支持する国の多くがその意義を訴え、同条約とNPTが相互補強・補完関係であることを強調した。メキシコが読み上げた締約国による共同声明は、各国にあらためて条約への加入を呼びかけるとともに、既に署名・批准を済ませた国々と建設的な協力関係を築いていくこと、また、11月~12月にニューヨークで開催される第2回締約国会議にオブザーバー参加することを求めた。南アフリカは「核兵器国や拡大核抑止の下にある国が、広島と長崎の悲劇から何かを学んだのであれば、TPNWに署名し、批准するべきである。さもなければ、その姿勢は見せかけだけの不誠実なものだ」という被爆者の言葉を引用してTPNW加入を促した。
TPNWへの直截的な批判を述べた国はわずかだったが、同条約が「非生産的」であり、「国家の分断を招くだけ」と切り捨てたロシアが最も露骨であったと言える。
他方、NATO加盟国であり、昨年6月の第1回TPNW締約国会議にオブザーバー参加したドイツが、「核実験の長期的被害を被った被害者に対する援助ならびに環境修復は、より広範な注目と関与に値する。これらの問題に関してドイツは対話に関与し、協力していきたい」と述べたことは、同じ核の傘国の日本にとっても参考になるのではないか。
(中村桂子)