7月31日午前から8月2日午後にかけ、一般討論が行われた。発言した95の国・国家グループ・国際機関は、現状への強い危機感を背景に、NPT遵守の重要性を強調し、対話と協力を求め、次回再検討会議の成功を目指す決意を口々に述べた。
しかし同時に、2022年再検討会議でも浮上したいくつもの対立点が、より激しさを増しつつ露わになっていった。本ブログ0号でも紹介した、「核共有(nuclear sharing)」や米英豪「AUKUS」をめぐる問題、さらにはイラン核問題や日本の福島第一原発「処理水」問題などである。連日、予定された一連の演説の終了後に、一部の国が「反論権(right of reply)」を行使し、激しい言葉の応酬を繰り返す場面が見られた[1]。
ロシア・ベラルーシへの批判とNATO諸国の正当化
ここでは特にNPT体制にとって大きな課題となりつつある「核共有」をめぐっての各国の議論を振り返ってみることにする。
ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアに対しては、前回再検討会議に引き続き、欧米を中心に各国が激しい非難の声を上げた。その文脈で多くの国が取り上げたのが、ロシアによる隣国ベラルーシへの戦術核兵器の配備問題であった。ベラルーシ核配備がグローバルな不拡散体制を損なわせるものとの非難に加え、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)などからは、それが1994年の「ブダペスト覚書」に違反すると指摘もなされた[2]。
ベラルーシ核配備に関連しては、それを厳しく批判した欧州の国々から、NATO「核共有」体制を「擁護」する発言が相次いだ。たとえば、上記のバルト三国は、NATO核戦力の目的が「平和を維持し、強制を防ぎ、侵略を抑止すること」であることから、NATO核共有とベラルーシ核配備とを比較すること自体が「全くの的外れ」であると主張した。また、核共有政策の下で推定15発の米核爆弾を配備しているドイツは、「(NATO核共有は)1970年のNPT発効のはるか以前から実施されたものであり、核不拡散の枠組みに何の障害もなく統合されている」とし、同政策が「NPTと完全に合致している」と述べた。新たに核共有への参加を求める意向を示したポーランドも同様にNPTとの整合性を主張し、その上で、「ロシアのウクライナに対する侵略戦争の意味合いと背景とを考えると、(NATO核共有は)近年の我々の安全保障にとって不可欠なものである」とその現在的な意義を訴えた。
ロシア・ベラルーシの見解と「反論」の応酬
では当事国のベラルーシとロシアの反応はどうであったか。初日7月31日、ベラルーシは「ベラルーシ・ロシア連合国家」として初めて発言の場を持ったが、そこでは核不拡散体制の維持と強化に対する両国のコミットメントを一般的に述べるに留まった。
ロシアが具体的な反論に転じたのは、翌8月1日の自身の一般討論演説においてである。同国は、NPTの議論を「政治的に利用」し、軍拡を続けるNATO核同盟こそがロシアにとって「脅威」であると激しく糾弾した。NATO核共有も取り上げ、中でも「戦術核兵器が東欧諸国に配備されようとしている…これらすべてが欧州情勢を不安定にする」とポーランドを念頭に批判を展開した。
核共有をめぐる応酬は、8月1日午後の「反論権」の場でも再燃した。まず発言を求めたのはオランダである。NATO核共有を批判したエジプトへの反論として、オランダは、前述のドイツの主張に加え、2015年まではロシアを含めたすべてのNPT締約国がNATO核共有政策を容認していたこと、核弾頭は米国の管理下に置かれていることなどを挙げ、「(核共有政策は)NPT第1条、第2条(注:非核兵器国への核兵器の拡散を禁止している条項)と完全に合致する」と主張した。
続いて発言したロシアは、一連のポーランド批判を述べたのち、直近のオランダの発言を取り上げ、「ロシアは(NATO)核共有について理解を示したことは一度もない」と切り捨てた[3]。ロシアの発言を受けては、今度はポーランドが反論権を使ってロシア非難を繰り返した。さらにはロシアが二度目の反論権を使ってそれに応じるという展開が続いた。
非核保有国の意見
NPT締約国の大半を占める非核兵器国は、これらの応酬をどのように見ていたのだろうか。過去のNPT議論と同様に、一部の非核兵器国からは、核共有政策そのものがNPTと合致しないという声が上がった。「核共有の取り決めは明らかなNPT第1条、第2条違反」と述べたブラジルや、「非核兵器国の領土に核兵器を配備し、その使用に関して同盟国の軍隊を訓練することは、たとえNPTの条文そのものに抵触せずとも、その精神と目的に反する」と述べた南アフリカなどがそうである。
加えて注目すべきは、いくつもの非核兵器国が、ともに核兵器に依存する敵対する国々が、自らの政策の正当性を声高に主張する一方で、相手の同様の行動は批判するという欺瞞に満ちた姿勢そのものを鋭く批判していた点である。核共有をめぐる議論はまさにその典型と言える。
核兵器国はいずれも自らが「責任ある核保有」を行っていると主張するが、それに対し、たとえば、新アジェンダ連合(ブラジル、エジプト、アイルランド、ニュージーランド、南アフリカ、メキシコ)は、「核兵器に関して、『安全な手』などは存在しない。また、『責任ある核抑止』なども受け入れることはできない」と一蹴した。
また、核兵器国だけでなく、その核抑止力に依存する非核兵器国の責任を強く追及する声も相次いだことを指摘したい。たとえばエジプトは、「拡大核抑止、核同盟、あるいは『核共有』取り決めの下にある非核兵器国(NNWS)が条約を遵守しているかという判断を客観的に見直す必要性がある。どのような形であれ、自国の安全保障を核兵器に依存し続けている国について、条約を完全に遵守していると見なすことはできない」と述べた。こうした厳しい視線に日本ももちろん晒されている。
(中村桂子)
[1] 議事ルールにある反論権とは、他国の演説の中で誹謗中傷や事実と異なる指摘があった場合に、それに対して反論できるというものである。ただし反論、再反論の際限なき応酬とならないように、反論は一国につき回数は2回まで、発言時間は5分(2回目は3分)と定められている。
[2] ブダペスト覚書とは、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンが非核兵器国としてNPTに加入することに関連し、米国、英国、ロシアがこの3カ国の安全を保証するとしたもの。
[3] NPT草案の段階で米国とソ連は交渉を重ね、NATO核共有政策が条文に抵触しないことを了解していたとされる。たとえば以下の文献がある。https://www.ifri.org/sites/default/files/atoms/files/alberque_npt_origins_nato_nuclear_2017.pdf