第1号 冒頭を飾る2つの演説の対比(2023年8月1日)

写真は、準備委員会の会場であるウィーン国際センター(VIC)。湾曲した建物の外観が特徴的である。同じ敷地のビル群の中には国際原子力機関(IAEA)や包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)などの国際機関が所在している。

 2週間の議論を通じてNPTの三本柱のそれぞれについて現状が検討され、改善策が議論される。報告書の採択とあるが、最終日には手続き事項に関する報告書が採択されるのみで、実質的な内容を含む合意が目指されるわけではない。

 開会セッションでは、議長の選出、アジェンダの採択を含め、いくつかの事務事項が決定した。次回ジュネーブで開催される準備委員会の日程は、2024年7月22日(月)から8月2日(金)に決まった(8月1日が現地で祭日のため、通常よりも1日短い会議日程となる)。

 また、本ブログ0号で紹介したように、準備委員会に先立って開催されていた「再検討プロセスの強化に関する作業部会」が準備委員会への勧告を採択できずに終了したことも明らかになった。

 中満上級代表は、核兵器使用のリスクがかつてなく高まる一方、それを防止する国際体制が弱体化する現状が「(人類の)生存を脅かしている」と強い危機感を示し、具体的な問題点として次の4点を挙げた。

  • 核兵器の近代化、核ドクトリンの拡大、保有核兵器の増加、使用の威嚇といった「核兵器へのさらなる重視姿勢」が不安定さを加速させ、またそれがさらなる軍拡を生むという悪循環が続いている。拡散を推進し、安定を弱め、偶発的使用の可能性を高めているのは、核兵器が究極の安全を保証するものとの「誤った言説(false narrative)」である。
  • 現在の地政学的環境は「核なき世界」の実現に向けた努力にとって有害である。軍縮、軍備管理体制の立て直しが必要である。第6条の軍縮義務に関する約束の多くが果たされていない。
  • 技術革新ならびにサイバー・宇宙など新領域の台頭は新たな危険と脆弱性とを伴っている。
  • 世界中で不平等が深刻化し、食料安全保障や保健医療へのアクセスが課題となっている。気候危機が現状のさらなる悪化を招いている。

 中満演説を特徴づけていたのは、その全体を包む、困難な中にも前進への道筋を見出そうとする前向きなトーンであったと言える。演説の冒頭、「決裂」に終わった前回NPT再検討会議を振り返り、中満上級代表は次のように各国を力強く鼓舞した。

 「各国は、コンセンサス合意を阻んだのがわずか一国であり、またそれは条約の本質とは無関係な問題に関するものであったという事実を前向きにとらえるべきである。会議の結果は、締約国の99%がコミットしていたことを示している。また、最終文書案には、今回の再検討サイクルの議論の基盤となりうる多くの有益な要素が含まれている」。また、勧告を採択できなかった「作業部会」についても、「この対話が示したものは、私たちが互いに関与する用意があれば一歩前進できるということだ」と評価した。

 その上で、中満上級代表は、この準備委員会がNPT強化に向けた「リセット」の好機であるとし、各国に次のような点で議論を深めていくよう求めた。①核軍縮を筆頭に既存のコミットメントの履行に向けて透明性を強化すること、②核兵器の使用、実験、拡散に反する規範を強化し、核なき世界に向かうという共通の目標に向かうこと、③核リスクを削減し、核廃絶への道に戻るために核兵器国間が対話の機会を作ること、④技術と核兵器など新領域の問題が浮上する中で、共通の理解を見出すこと、⑤米ロが新STARTの完全履行に復帰することを奨励すること、現在、将来における効果的な軍備管理について議論すること、⑥IAEAへの支援を含め、不拡散体制を強化すること、⑦非核兵器地帯を通じたものを含め、地域の拡散問題の解決を支援すること、⑧NPTをSDGs推進のプラットフォームとして活用すること。

 他方、一般討論のトップバッターとして登場した日本の武井外務大臣政務官の演説は対照的であった。今回の準備委員会で副大臣級が出席したのは日本政府のみであり、NPT重視の姿勢を強く打ち出し、日本の存在感をアピールしようとの意向が見て取れたが、その内容は新味に欠けた。

 演説は、5月のG7広島サミットで出された「核軍縮に関する広島ビジョン」が「核兵器のない世界」の実現に向けた「強固なステップ台」であるとし、日本は岸田首相が前回NPT再検討会議で発表した「ヒロシマ・アクション・プラン」の実施を進めていくと述べた。

 核軍縮に関連して具体的に述べられた取り組み――グローバルな核兵器数の減少傾向を逆転させない、核兵器国に透明性措置の促進を求める、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の議論を活性化させる、被爆の実相を伝えていく――はいずれも重要課題ではあるものの、「ヒロシマ・アクション・プラン」等で述べられていたことの繰り返しであった。

 他方、今回の日本の演説の最大の特徴は、福島第一原子力発電所のALPS「処理水」海洋放出の安全性に関する主張に、実に演説全体の3分の1近くの時間が割かれていたことであった。演説は7月に公表されたIAEAによる包括報告書の内容に言及し、それに疑義を唱えることは「健全な科学」を標榜するアプローチに適わないとの趣旨で、海洋放出に猛反発を続ける中国を暗にけん制した。ALPS「処理水」のテーマがNPT三本柱の一つである原子力平和利用促進に関わり、IAEAの権威を擁護するという内容であるとしても、いわばNPT全体の中では「各論」の一つであり、また他国からの反発な必至である問題に、わずか5分に過ぎない一般討論演説のかなりの部分が割かれたことは異例のことと言える。

 2週間にわたる会議の冒頭を飾るものとして、中満上級代表による演説と日本政府の演説のトーンが大きく異なっていたことは印象的であった。軍拡による不安と不信の増加がさらなる軍拡を招くという、まさにNPTを取り巻く現状の本質を鋭く指摘し、「核兵器が安全を担保する」という核抑止論を「誤った言説」と断じた中満上級代表の演説に対し、日本政府の演説は、「それ(核兵器)が存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべき」と核兵器の役割を肯定した「広島ビジョン」を「『核兵器のない世界』の実現に向けた強固なステップ台」と位置付けているのである。

 「処理水」問題に関する日本の発言には、当然予想されたこととして、中国からの激しい反発の弁があった。詳細については次号以降で解説したい。

(中村桂子)

 

 


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