2026年に予定されている次回NPT再検討会議に向けての第1回準備委員会が、2023年7月31日から8月11日にかけ、オーストリアの首都ウィーンで開催される。議長候補にはフィンランド外務省で軍備管理・軍縮を担当してきたヤルモ・ヴィーナネン(Jarmo Viinanen)大使の名前が挙がっている。
2022年8月に開催された前回の再検討会議と同様に、今回の準備委員会も核軍縮に対するきわめて強い逆風の中での会議開催となる。核使用リスクを一気に増大させたウクライナ戦争は未だ終結の道が見えず、北東アジア、南アジア、中東など各地でも核戦争の火種がくすぶり続けている。合意「一歩手前」まで行ったものの、実質的な最終文書の採択に至らず終了した2022年再検討会議は、米ロ、米中をはじめ激しさを増す核兵器国同士の対立と、核兵器国と非核兵器国との間の深い溝とを象徴するものであった(2022年再検討会議について詳しくはRECNA NPT Blog 2022をご覧いただきたい)。
2015年、2022年に続き、もし2026年再検討会議が三度「決裂」を迎えることになれば、NPT体制への信頼性はいっそう揺らぎ、さらなる核軍拡・核拡散に歯止めが効かなくなるおそれがある。今回は議論そのものを目的とする1回目の準備委員会であり、実質的内容に関する合意を目指す場ではないが(再検討会議に向けたコンセンサスの勧告を含む報告書の作成は第3回準備委員会に任務づけられている)、過去2回の失敗を受けた危機感の高まりを背景に、より早い段階から合意形成に向けた厳しい議論が展開されることも予想される。
合意形成への努力のあらわれとして、今回注目を集めたのが、準備委員会に先立つ7月24~28日にウィーンで開催された、再検討プロセスの強化に関する「作業部会」である。2022年再検討会議の決定によって設置された本「作業部会」は、「再検討プロセスの有効性、効率性、透明性、説明責任、調整、継続性の改善に向けた諸措置について討議し、準備委員会に勧告を出す」ことを任務としている。作業部会では、再検討会議の実効性や透明性を高めるためのプロセス改善や、市民社会の参加などについての議論が注目されるが、原則非公開であることに対して既にNGOなどから批判が出ている。
続いて、今回の準備委員会で注目すべきポイントをいくつか挙げてみたい。
■核兵器国はどこまで歩み寄れるか
米国とロシアの間に唯一残る軍縮・軍備管理の二国間条約である「新戦略兵器削減条約(新START)」は2026年2月に失効を迎えるが、後継条約を含む今後の枠組みについての交渉は未だ始まっていない。対話再開への道筋が探られる一方で、両国においては実質的な核軍拡が進んでいることも事実である(各国の核戦力の詳細についてはRECNA「世界の核弾頭データ」を参照のこと)。2022年の最終文書案では交渉の継続が記述されたが、その後の議論が注目される。また、後述するように隣国ベラルーシへの戦術核配備がどのように議論されるかも注視していきたい。
中国の保有弾頭数は410発(2023年6月現在)と、数の上では未だ米ロの比ではないが、過去5年の「現役」核弾頭の増加数は170発と9カ国の中で群を抜いて多い。核分裂性物質の生産も継続し、核弾頭数の増加が見込まれている。中国の核軍拡がどのように議論されるかも注目したい。また、2022年再検討会議の場で中国が厳しい批判を繰り返したAUKUS(米英豪安全保障協力:米国、英国、オーストラリアが2021年9月に発表した新しい安全保障協力の枠組み。非核兵器国オーストラリアへの原子力潜水艦導入のための技術供与が計画されている)をめぐる議論も注目される。
こうした背景の中、今回の準備委員会においては、核兵器国が核兵器不使用の規範の維持を再確認するとともに、核戦争リスクの低減、さらには消極的安全保証(NSA)に関するものなどを含め、核軍縮機運の醸成に繋がる前向きな姿勢や具体的な提案をどこまで示せるのかが焦点となる。G7広島サミット、またそこで出された「核軍縮に関する広島ビジョン」を受けて各国の発言にどのような前進が見られるか否かにも注目したい。
■ロシアによるベラルーシへの核配備
2023年5月にロシアはベラルーシとの間で同国への戦術核兵器の配備についての合意を交わし、現在その搬入が進行していると伝えられる。こうした動きを受けては、NATO加盟国のポーランドがNATOの「核共有(ニュークリア・シェアリング)」[1]への参加を求めるなど、まさに「安全保障のジレンマ」と呼ぶべき「負の連鎖反応」が起きている。
これまでのNPT関連会議において、ロシアや中国、非核兵器国の一部は、NATOの核共有がNPT第1条、第2条の禁じる「核兵器の非核兵器国への移譲」に抵触するとたびたび批判し、NATO側はそれに反発してきた。こうした状況を踏まえ、今回の準備委員会では、あらためてNPTと核共有政策の整合性をめぐる議論が再燃し、双方が己の立場を正当化する主張を展開すると思われる。日本を含め、「核の傘」に依存している同盟国の姿勢がこれまで以上に問われている局面であると言えるだろう。
■中東問題など地域問題
2015年再検討会議の決裂を生んだ中東問題をめぐる議論は、引き続き2026年再検討会議に向けた重要課題である。紛争の火種の消えない中東地域に、核兵器もその他の大量破壊兵器も存在しない地帯を創るという1995年の合意は、四半世紀以上にわたって実現を見ていない。中東諸国の主導で、これまで3回にわたって中東非大量破壊兵器地帯に創設に関する国連会議が開催されたが(第4回会議の開催も決定済みである)、米国とイスラエルは一貫して背を向けている。解決への糸口の見えない北朝鮮問題、対話再開に向けて足踏みを続けるイラン核合意(JCPOA)の動きとともに、今回の準備委員会で何らかの打開策を見出させるかが問われている。
■原子力施設攻撃のリスク
2022年再検討会議の合意を阻んだ直接的な原因となったザポリージャ原発問題をはじめ、原子力施設への攻撃のリスクに関する議論も引き続き焦点となると思われる。ロシアへの直接的な非難には同国の激しい反発が予想される一方、原子力平和利用施設の安全性確保一般について、昨年の最終文書案では、「どのような状況下においても、軍事行動が行われている地域においても、原子力施設や核物質の安全性、セキュリティの確保の重要性」を喚起することが明記されるという前進があったことを特記したい。議論の一層の前進が期待される。
■核兵器禁止条約(TPNW)、核兵器の非人道性、ジェンダー、軍縮教育など
昨今のNPT関連会議において、各国はTPNWをめぐる議論を対立軸としないよう、比較的抑制的な姿勢を示してきた。またそれと同時に、2022年再検討会議では、TPNWの根幹である核兵器の非人道性、また軍縮関連の国際条約としてはTPNWが初めて明記したジェンダーや軍縮教育の問題について、かつてなく多くの国が言及し、共同声明が発せられるなどの前進があった。合意一歩手前まで行った最終文書案においても、これらのテーマに関する言及が過去の合意をはるかに超えて多く見られた。こうした流れが今回の準備委員会においても継続されることを期待したい。加えて、TPNW及び締約国会議、あるいはそれが標榜する諸テーマに関して、「核の傘」依存国の発言の中に何らかの肯定的な見解が示されれば、2023年11月27日~12月1日にニューヨークで開催される第2回締約国会議に向けた追い風となるであろう。
(中村桂子、鈴木達治郎)
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本ブログは、担当回の執筆者(RECNA教員:中村桂子、河合公明、鈴木達治郎)の個人的見解に基づくものであり、RECNA全体の見解ではありません。
[1]「核共有」は、1950年代にその体制が始まり、その歴史は1970年発効のNPTよりも古い。現在、欧州の5つの国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコ)の6基地に米国の戦術核兵器が推定100発配備されている。